割烹 千ひろ

板前の永田裕道さんは「千花」の先代の二男で兄が現在の「千花」の板前という京都料理界のサラブレッド。しかし本人は意欲的、挑戦的で永い伝統の保守性をあまり感じない。四条通りを八坂神社へ向かい、すぐ手前の小路を北へ上がったところにこじんまりした店がある。初めての人には、なかなか見つけにくい場所だ。カウンターが10席ほどで客一人一人と会話成り立つ店構え。京都旅行のご夫婦が2組と私が今晩の客。

10月初旬は鱧と松茸がコラボする「はもまつ」をいただける京料理を楽しむ絶好の季節である。千ひろで供されるものは全国の産地から送られてくる一級品の食材揃いである。板前の腕の見せ所の半分は食材選びだという。また料理といっても材料に様々なソースを加えて仕上げるようなフレンチの西洋料理とは異なり、飽くまでも食材の持ち味を引き立てるための手加えであり、永田さんは「日本料理は、足し算ではなく、引き算の料理です」とおっしゃる。鱧の料理は全て流石であったが、たたきを切り塩昆布でいただいたものは格別に美味しかった。松茸椀は、まさに京料理の完成形で素晴らしかった。奇をてらったものはないが玉蜀黍かき揚といちじく蒸し、岡山産マスカットくるみ白和えなどは意欲的な試みのようだ。一方、先代以来の定番である焼き茄子やミックスジュースはいつも変わらないメニューだ。一品一品のボリュームはないが品数が多く、本来の懐石料理を堪能できた。

まだ早い時間に食事が終わったので「親方、このあたりに酒だけを楽しめるバーはありませんか?」と聞いたところ「近くにいい店があるので、若い者を案内させます」ということで程近い「いそむら」という古いバーを紹介された。ここのマスターの礒村さんは歌舞伎役者とお友だちで、よく南座がはねるといろんな役者が顔を出す有名なバーであるらしい。最近このバーが有名誌で、そのように紹介されていた。京都は奥が深い。

【懐石メニュー】   

先付(お通し) 黒豆鱧巻だだ茶豆擂流し、新さんましょうが煮、茹で落花生添え

八寸(前菜) からすみ、鯛削ぎ身塩辛、いくら粕漬け、鱧肝煮凝り、煎り銀杏、大和いもと松茸軸炊き物 

向付(お刺身) 鮪の中トロ、赤身、鯛お造り、壱岐産羽がつお お造り、瀬戸内産活き鱧たたき、鱧胃袋湯引き添え(わさび醤油と切塩昆布で)

椀物 帆立貝真薯と丹波産松茸椀

鉢肴(焼物) 若狭甘鯛塩焼き 

強肴(蓋物・蒸物) 玉蜀黍かき揚といちじく蒸し

揚物 秋田産天然舞茸天ぷら

台の物 北山産焼き茄子

止め肴 岡山産マスカットくるみ白和え

止め椀 なめこ赤だし

ご飯 丹波栗ごはん

香物 お新香

水菓子 りんごとオレンジのミックスジュース